常々感じていた事だけれど、寝ている時に脳が見る「夢」と、いつかこうなるといいと想像する希望の「夢」は、どうして同じ単語を共有しているのだろう。
英語でも「dream」は両方の意味を持っている。「
A dream comes true」 は「夢が叶う」で「正夢」ではないし、「I have a dream」は「私には夢がある」で、寝ぼけているわけではない。
しかし日本語で「夢を見た」と言うと、儚い希望を抱いていたのか、寝ていて夢を見たのか判らない。
ちょっと曖昧すぎやしませんか? と思うわけ。
「夢」は睡眠時のイメージという事に限定して、叶う方は「希望」とか「理想」とか「望み」とかにして貰いたい。
「それがあなたの夢なんですね?」なんて言われると、私の未来が、儚く雲散霧消するような感じがして切なくなる。
さて、今までのは只の枕です。
「夢についての二三のことがら」 学生の頃や社会人になりたての頃、よく遅刻する夢を見た。大抵はバスや地下鉄などに乗っていて、ふと腕時計を見ると始業ギリギリの時間になっている。
私はジリジリしながら、時計の針と交通機関の緩慢な動きを交互に確認し、遂に遅刻が確定して、ああ、どうしよう、何て言い訳しようと焦りながら、嫌な気持ちで目を覚ましたものだった。
それが年を取るにつれ、シチュエーションは同じなのに、私の受け取り方が変わった。
時計を見て、ありゃー、遅刻だわ、休むか今日は、サボるか、もう間に合わないし、どこか行ってしまえ、と全然焦らなくなった。どうせ、これ夢だし、と開き直る事もある。
自分の中で、何かが変わったんだなぁと思った。
ちなみに、本当の遅刻は三年に一回くらいしただろうか?
また、昔は高い所から落ちる夢もよく見たが、それは「あっ! 落ちる!」と思った瞬間、身体がガクッと動いて目が覚めた。あれも、あまり気持ちのいいものではない。
しかし、その夢もまた、いつの間にか変化して、落ちる時に驚きもしないし、しかもゆっくりゆっくり降りてゆく、のんびりしたものになっていった。
あんまり高いビルなどから降りる時は、一旦少し下にある低めのビルの屋上に降り、またそこから下に降りるという具合で、随分気持ちに余裕がある。いや、いっそ楽しい夢になった。
多分、もう「落ちる」夢は見ないと思う。
そして、悪夢の定番と言えば「追いかけられる」夢ではないだろうか?
私も幼い頃から、何やら人外の存在に闇の中を追いかけられ、必死になって逃げまわり、隠れ場所を探す怖い夢を、何度となく見たものである。
しかし、最近になって、この種の夢が劇的に変化したのである!
何が違うって、立ち位置が逆転した。私が人間そっくりの(知人そっくりの)人外の何かを追いかけている。武器も持たずに、ただ全力で追っている。
「それは人間じゃなーい!」と周囲の人間に叫びながら。
この夢はスリリングではあるが、怖くはない。相手はただ私から逃げるだけなのだ。
さて、私の中で何が変わったかは分からない。しかし、これでもう大概の悪夢は見ずに済むのではないかと感じている。

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